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沿革

スレッド タイトル 日 付 沿 革 備 考
埋蔵金 2005/08/06(土) 穴掘り人という人が、考古学板でスレを立ち上げたのが始まり。 2006/07/03(月)赤城本命さん初登場
埋蔵金発掘が趣味の人 2006/10/10(火) 板違いと言われ、どなたかが趣味一般板に現タイトルのスレを作成。 2006/11/17(金)165登場
埋蔵金発掘が趣味の人 2007/10/01(月) 165がスレを立てたが、前タイトルと同じという痛恨のミスをする。  
【千両箱】埋蔵金発掘が趣味の人【3箱目】 2012/05/27(日) 埋蔵金発掘が趣味の人というタイトルでの3スレ目なので3箱目。 初の現地調査なるか!
【千両箱】埋蔵金発掘が趣味の人【4箱目】 2013/10/05(土) ついに4箱目。 作戦会議の開催、現地調査の実現
【千両箱】埋蔵金発掘が趣味の人【5箱目】 2015/08/10(月) もう趣味一般板の定番じゃない? 5箱目。 4箱目が2015/09/27終了 2年かかった
2016/06/15(水) 山岳雑誌「岳人」に読者投稿として、私の投稿が載る
【千両箱】埋蔵金発掘が趣味の人【6箱目】 2016/10/15(土) みなさんのおかげで6箱目 1年と2箇月
【千両箱】埋蔵金発掘が趣味の人【7箱目】 2017/6/21(水) 7箱目だと・・・ 早い!9箇月
2017/10/1(日) 2chが5chへの名称変更に伴い2chを引退 長い間ありがとうございました。
2012年8月12日 足かけ6年ということと、6年目にして現地調査ができそうなのでホームページを作成する。
2016年10月30日 八重野充弘氏と初対談が実現! 徳川埋蔵金話に花が咲きました。
2017年7月22日 ホームページ移転

  趣旨

  埋蔵金のパイオニア 故畠山清行氏の著書「日本の埋蔵金」や徳川埋蔵金を追った故水野智之の影響で、埋蔵金に魅せられて165が作っています。
  トレジャーハンターで有名な八重野充弘氏、日本の埋蔵金研究所さんとかぶる内容でもあります。
  闇雲に掘ったりはしませんが、現地調査を踏まえ「趣味の範囲」で埋蔵金の謎に迫っていきたいと思っています。
  主として「徳川埋蔵金」「武田(梅雪)埋蔵金」「結城埋蔵金」のみを追うページとさせていただきます。

  はじめにお詫び
  本ホームページには、文章の引用及び画像の無断転記等がございます。
  削除依頼等は真摯に受け止め、早急に対応させていただきますので、お手数ですがメールでご連絡をお願いいたします。


 
  5月26日更新しました。(結城家の埋蔵金の現地調査報告)
  
ご意見・お問い合せ

  5ch(旧2ch)でお会いすることは
 できません。
  情報の提供、埋蔵金についての御相談
 など、メールでのお問い合せは、お気軽に
  無料ですww

   tokugawa165@hotmail.co.jp

  までお願いいたします。

        TV・雑誌取材大歓迎

 



かの埋蔵金発掘の第一人者である
糸井重里氏のホームページです。
もう一度チャレンジしていただきたいですね。



山岳雑誌「岳人」 2016 7月号に
読者投稿として私の埋蔵金探索の
投稿が掲載されました!

  

岳人 2016.7月号

クリックしても大きくなりません。
買ってくださいw

 タイトルだけ拡大
ここで取り扱う埋蔵金
埋蔵金とは?

 その価値は?埋蔵量は?を徹底検証。
徳川埋蔵金

  江戸幕府が密かにご用金を赤城山山中にに埋蔵したと伝えられている。
  埋蔵時期とされる幕末以来、赤城山に限らず多くの発掘プロジェクトが各地で行なわれ、
 そのほとんど が全く成果のないままに終わっている。
  有名なところでは、TBSの番組で、1990年から放送された糸井重里氏を隊長とした
 「赤城山埋蔵金 大発掘プロジェクト」であろう。
  当時若かった私も食い入るように土木作業を見守っていた。
武田埋蔵金 

  武田氏族が黒川金山等豊富な産出金を元に隠匿したと思われる埋蔵金。
  また、武田氏の埋設した埋蔵金を移設したといわれる穴山梅雪の埋蔵金がある。
結城埋蔵金

  かの大岡越前も探した、結城晴朝の埋蔵金のご紹介。
埋蔵金追跡

  165の埋蔵金の探索をちょこっとご紹介。。
165所有の埋蔵金関係の本

  165が持っている埋蔵金関係の本のご紹介。
  スキャンして疲れたよ。
  紹介している本のほか、郷土史や地図、地方の伝説の本もあるけど、
 とてもじゃないけど紹介しきれないので、本のみにします。
これまでに放送された埋蔵金番組

  これまで放送されたテレビ番組を解説してみました。
  
 埼玉県蓮田市で見つかった古銭(広報 はすだ 2018.4.15号より)
  思っていたより大きなカメですね。直径94センチ、深さ74センチの十五世紀半ばの常滑焼のカメだそうです。
  ツボの中には、開元通宝(唐銭621年から300年余り流通)、元豊通宝(北宋銭1078年から流通)、
 永楽通宝(明銭1411年から江戸初期まで流通)など19種類
  石ぶたのへりには縦7・5センチ、横7・9センチ、厚さ1ミリに満たない木簡が挟まれ、墨で書かれた文字
 「三」「いのとし」「二百六十」を確認。「二百六十貫と読むと、約26万枚の可能性がある」という。
  26万枚って言っても小判に換算すると64両(一両4,000枚)です。
  文中に埋蔵された目的にふれており、諸説として呪術的・宗教的・財産保全と書かれています。
  銅銭にひもが通されており、発見地近隣に目立った神社仏閣がないことから呪術・宗教的意味合いは薄い
 と思いますし、開元通宝が入っていたことから、関東畑永法(年貢を永楽銭で払う)ではないと思います。
  個人的には発見場所が元荒川の河岸段丘面であることから、村の水害の復興資金かなと思います。
  
  そんなことより、これだけ大量のお金が、なぜ忘れ去られていたのかなのです。
  天変地異や争いがあっって一族郎党全滅しない限り誰かが覚えていると思うんですがね。
  忘れられたお金。それが埋蔵金なのです!

  蓮田市はまちのアピールが他に類を見ないぐらいへたくそです。世紀の大発見なのに 広報課はいったい
 何をしているのでしょうか!
  
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2012.8.12 by165