本文へスキップ

埋蔵金発掘が趣味の人は、趣味の範囲で楽しく埋蔵金を探しています。

お問い合わせはtokugawa165@hotmail.co.jp

埋蔵金を取り扱ったメディア フジテレビ編


平成28年(2016)世界の何だコレ!ミステリー 徳川埋蔵金 約3000億円のゆくえ!

 心の師匠である埋蔵金の大家、八重野充弘氏 著書も数多く、埋蔵金の第一人者の方です。
 赤城山の徳川埋蔵金は、とにかく物証が多くて、何が真実か何がウソなのか検証しなければならないだろうと思って、ここ数年細かく調べてきた。と語る八重野充弘氏

八重野充弘 トレジャーハンター

赤城山の検証

 スタッフ供にと約25年前、TBSが掘った「赤城山埋蔵金大発掘」の跡地を見に行く。
 以前、165も見に行ったが、番組内で紹介したように雑草が生い茂る土地で、当時の面影は一切ありません。(「水野家」は、165が加筆)
 水野家のそばまでいきながら、水野家からの撮影やインタビューがない。当代は、埋蔵金に一切関わりたくないのでしょうか。
 八重野充弘氏は、当時、TBSが発掘の際に見つけた横穴を昭和10年代に軍が掘った穴としています。また、この場所は囮だと思っているようです。
 水野智之氏は、月刊上州路12月号236 有限会社あさを社の取材に対し、「初代も二代も掘った穴を埋けておくことは一度もしなかった。だって、そんなことをやって いたら手間とヒマがかかってしょうがないでしょう。
 だれかが、掘った穴を埋けてるということです。それも石までつめて。これが最大の疑問です。」と答えています。
 水野家の話からでも軍が掘ったことは間違いないようですが、自分ちの敷地内で誰がどの辺をどう掘っててどうしたなどの話を言い伝えないものだろうか?と、上州路を読んでいて疑問に感じました。
 いずれにしろ発見には至らなかったので、八重野充弘氏の説が正しかったのではないでしょうか。

埋蔵金探索 すばらしい穴

赤城山の検証

 番組が埋蔵場所を昭和村長者久保としたのは、次の理由からです。
 ※天領(てんりょう)は、江戸時代における江戸幕府の直轄地。天領は俗称であり、ほかに江戸幕府直轄領、徳川幕府領、徳川支配地、幕府領、幕領など様々な呼称があります。これらの呼び名は、正式な歴史用語ではありません。
 近年は幕府の直轄地の呼称は「天領」から「幕領」と呼ぶ傾向になってきています。全国の歴史教科書なども「幕領」への表記の変更が進められています。

 水野忠邦(1794〜1851) が、アヘン戦争やモリソン号事件など対外的事件を目の当たりにして、幕府の財産を奪われないようと画策。
 68年ぶりに日光社参を行った徳川家慶の一行を隠れ蓑として、大法馬金(金塊)を長者久保に隠したとしています。
 番組で大法馬金の重さを「約160kg」と紹介していますが、約165kgです。1匁(もんめ 3.75g)で割り切れなきゃダメなんです。

水野忠邦 伝説

高橋喜久雄さん登場

トレジャーハンター

 
 昔、TBSで長者久保をさんざん掘った高橋喜久雄さん。
 片品川沿いの崖に「白い部分」を発見し、調べてみると、三州タタキと呼ばれる石灰等をこねた硬いもので、人工的に作られたものであったが、何も発見できなかった。
 その白い部分を調べているうちに、ふと遠くを見ると「丸山」と呼ばれる小山があり、白い部分は丸山を示しているのではないかと主張しました。
 この話に八重野充弘氏が乗り、フジテレビと一緒に丸山を掘るつもりでしたが、地主に反対され掘れず、丸山の近所を掘っていました。


高橋喜久雄さんの根拠

 深山の雙永寺から発見されたといわれる銅板の写しの登場
 この銅板の写しは、水野家初代、水野智義の時に人づてに手に入れたもので、手に入れた時点ですでに写しであり、銅板自体が本当に存在したかがも不明なものです。
 この銅板の写しは、内容が異なる物が複数存在し、畠山清行氏の「日本の埋蔵金」では、謎文の「甲 一八六」が「甲 七四」から始まっています。
 赤城山から長者久保に移り、TBS&水野家に異論を唱えたのに水野家由来の3枚の銅板を使うというのは、いかがなものかと・・・。

三枚の銅板 銅板の写し

徳川埋蔵金        謎文                         方位図


高橋喜久雄氏の検証

宝の地図

 
 方位図の△は、甲、乙、丁、巳についているから、4箇所に神社・祠があると主張します。
 ○は、丙、戌にあるから2箇所に石碑・地蔵があるということです。
 庚(こう:十支)に口があるから入口? 庚は、金の兄という要素を持っているころから、金の入口と解釈するのは、間違えではないと主張します。
 乾(けん:八卦)、艮(ごん:八卦)、巽(そん:八卦)、坤(こん:八卦)は無視しています。


高橋喜久雄氏の検証2

御金蔵

  方位図上のポイントを謎文で検証してみたら、謎文の漢数字と歩数?が一致したとの主張です。
 謎文の左の注意書きを見て頂くと、「右に一二と書いてあるのは、方度(方角)、足斟(そくしん:足で数える)の両用とする」と書いてあります。
 漢数字で距離が長いと思われる二つのポイントが隣接していますので、図と一致していないように見えます。
 この解釈だと、山の斜面などでは歩数が増えたり減ったりするのではないでしょうか。ちょうど186歩というのはあり得るのでしょうか。また、方角は無視しているようです。
 これでは、半径が明確な円周を導き出さなければ、見つけたものが埋蔵金に関連するものだとは言えません。


御金蔵

  165は、高橋喜久雄氏のような解読方法で探索はしていません。
 高橋喜久雄氏の方法だと「中」から何m離れた(円周の半径)ものを甲としたり乙するかが微妙だからです。
 右の方法だと「方度」「足斟」の両方になります。
 165の方法だと、方角がわければ歩いていくうちに目印に当たることになります。
  謎文の最後に「七臣に到達すれば、分証がそろって、ここに一将あらわる」と書いてあります。
 7ポイント(七臣)がそろってはじめて、そこが「正しい中」(一将)だとわかる仕組みだと思っています。
 水野家がこの方法を用いて徳川家康像が発見された地点を
「中」と見立て、放射状に発掘していました。


候補地

 3地点?? いったいどういうことでしょうか。
 番組の冒頭で、高橋喜久雄さんは、(半径がわからない)円周上に祠や地蔵があったと説明していました。
 神社や地蔵から中(正一位稲荷)を導き出したのでしょうか?  

八重野さん 埋蔵場所 高橋さん 御金蔵の蓋

発掘開始

 2.5mぐらいか3mぐらいの深さかな?思っていたより赤土です。
 こんな山中でも、掘るには地主の許可が必要です。金がある地主でも、埋蔵金となると地主が独り占めを狙って掘らせてくれなかったり、足元を見られて土地の使用料を吹っ掛けてきたりするそうです。
 あると確信しても、なかなか手を出せないのが実情で、テレビの力を借りるしかないようです。

発掘 御金蔵
165に連絡する

shop info.店舗情報

埋蔵金のご相談、一緒に探したいなどは、お気軽に下記のメアドまでご連絡ください。(返信にお時間がかかる場合がございますので、気長にお待ちください。)

Mail tokugawa165@hotmail.co.jp