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 徹底解説
 
  平成7年(1995年)に新・徳川埋蔵金放送されました。今から22年前ですね。
 
 
 目標
  
  平成6年に「徳川埋蔵金 総集編」を放送しました際に番組内で次の候補地として
 群馬県内の8か所を挙げ検証していきます。

  その8か所から3か所に絞って番組を構成しています。

  放送当時、一部を除き見逃していた番組なので、大変ありがたいです。
 再検証

  やっぱり水野家の資料を無視するわけにはいきませんね。
  

  あれあれ。
  番組内で紹介している資料(上の赤い矢印)の鮮明な画像が私の手元に



  ※この画像について著作権を主張し、転載を禁止します。
   転載の許可も出しません。
 ついに動き出す!

  徳川埋蔵金は、この人がいないと始まらない!
  ご存じ!糸井重里氏!
  今回は、オブザーバーとして参加しています。

  ・・・前年に辞めたと言っていたんだけど・・・さすが糸井氏!男気がある!

  望月建設 望月昭治会長も昭和村長者久保に到着

  徳川埋蔵金大発掘メンバーがそろい、前作の後継番組となりましたね。
 徹底検証 上州八か所 黄金伝説

  小栗日記を基に権田村までの小栗の行程と、各地の伝承を検証していきます。

  まずは、鬼石
  この手前、群馬県藤岡市小林はかつて小栗の領地だった。

  なんと鬼石の桜山のアンノキ沢に宝が埋まっているという伝承が存在している。
  今まで数多くの人がアンノキ沢周辺を探したが見つかっていない。
  桜山頂上に虚空菩薩の碑が立っているが、時代が違うため埋蔵金と関係がないと
 されている。

  よって、鬼石は×

  次に倉賀野
  倉賀野は、小栗が江戸から船に乗せて運んだ家財を受け取る地だった。
 
  倉賀野に埋蔵金があると、地元郷土史愛好家たちのグループがいる。
  実際に掘っているらしいが、発見には至っていない。

  倉賀野は、官軍も徹底的に探したが見つからなかった。
  一日や二日で埋蔵金を隠せるとも思えないということで、倉賀野は×
 
  次に安中
  小栗一行は、わざわざ遠回りになる安中の風戸峠を越えたとされるが、小栗日記には
 風戸峠を通ったとは一言も書かれていない。
  
  1995年から40年前に風戸峠を掘った人がいたそうだが、発見されなかった。
  
 
  否定するもう一つの理由として
  小栗に関する様々な文献を見てきた「小栗上野介研究家 小板橋良平」さんは、
 小栗一行が通ったルートから所要時間を考えると、風戸峠は通っていないとのこと。

  よって安中は×


  小栗上野介研究家 小板橋良平さんは、小栗上野介一族の悲劇という著書を書いています。
  ホームページの埋蔵金関係本の中でも紹介させていただいています。
  細かいってありゃしない。よくぞまあお調べなさった。感服。

  次に榛名山
  榛名山は、水野智義が初めに掘っていた場所である。

  榛名山にある榛名神社に参拝する人が泊まる宿坊である般若坊
  

  その般若坊の見取り図に「寶(宝)」と朱書きされた場所がある。
  これは有力候補だ。

  次に赤城村
  省略

  次に猿ヶ京
  猿ヶ京は、佐渡金山から金を運ぶルートであり、幕府直轄の関所もあった。

  猿ヶ京と言えば、ホテル関所のオーナーが、大々的に発掘者を募集したことでも有名。
  一般人にスコップを持たせ、出れば分け前を上げるとのことだったが、発見できなかった。
  ホテル関所はもうない。

  関所の裏手の神明神社から埋蔵金の歌とされる
   「あさひさすふたまたうつぎのねもとにある」と刻まれた石板が見つかった。
  その歌を信じて戦後30年余り大々的に掘ったが、石板以外何も出てこなかった。
  これがホテル関所の埋蔵金ツアーの話なのかな?
  猿ヶ京も×

  そもそも猿ヶ京が注目されたのは、水野家の三枚の銅板を占い師が解読した結果、
  「さるがけう 十二」と解読されたからだった。

  八重野氏と対談したときに165たちも猿ヶ京へ向かう道中にある十二社を訪れたことを話すと、
 八重野氏も十二社を訪れており、しかも十二社を掘ったことがあるとので我々を驚かせた。
  さすがです。

  次に利根村 根利
  荒又宏氏は、根利は元々練りであり、練りという言葉は軍事基地を意味しており、
 練馬と同じ軍馬の調教場所であった可能性もある。と語っている。
  また、錬金術の金属を錬るの意味もあり、鉱山がある由縁である。とのこと。
  根利は、会津街道と日光裏街道が交差する交通の要所であった。

  根利は、有力候補地となった。
  

  現地を訪れる荒又氏
  今の風景と合成してみましたw
  ちょっと角度がずれていますが、後ろの建物が同じことがわかります。

  そして8か所目の候補地が、昭和村長者久保
  え?TBSも長者久保を扱ったの?
  と、とぼけていますが、TBSが長者久保を扱ったのは、放送当時の記憶が残っています。
  しかし、すべてを覚えているわけではないので、楽しみです。

  長者久保は、2016年末にフジテレビが掘ったので、みなさんも記憶していますよね。
  なんか今と雰囲気も違いますね。

  明治元年、小栗を追った官軍は、沼田に逗留。
  片品川を挟んだ長者久保を一年間占拠していたそうだ。

  法政大学文学部史学研究室 村上 直 教授は、1年間駐在していたのはかなり異常だと
 言っています。

  また、怪しいのは長者久保一帯だけ明治五年以前の記録がないという新事実

  江戸時代からここに住まいを構える方の話によると、代々埋蔵金に関わる話が残っており、
 「おやじが分銅金があるっていうんですよ。これぐらいのどっかにあるんですよ」と語る。

  立派なお不動様の銅像ですね。お高そうですね。

  この家の裏の山の斜面には、稲荷を祭った祠があった。
  ん?どこかで?・・・・気のせいです。
  

  この辺一帯の庄屋であった松井勘助は、当時極めて稀な伏見稲荷の最高位正一位を
 授かっていた人物であった。
  文政四年七月(1824年)と書いてありますね。
  埋蔵金が埋められたとされるのが慶応三年(1867年)ですから、43年の開きがあります。

  京都伏見稲荷は、林鶴梁の次男の義理の父である羽倉かんどう?が務めていた。

  羽倉かんどうは、上州利根郡大倉蘭(あららぎ)新田村を領地としていた。
  この村は、長者久保に近く、さらに長者久保を見下ろすかのように裏山の頂上には大きな岩が
 あり、明治22年ごろまでこの岩の上から村を監視していた「山犬天狗」という謎の人物がいた
 という。
  この大倉蘭新田から今回の発掘現場まで直線にして約7km。
  近辺の高い山の標高は、約600m。とても監視できるとは思えないのだが。
  天狗の遠眼鏡を使ったのかな?

  

  松井勘助は、4キロほど離れた所の神社の鳥居を奉納している。
  その神社の名前は金山宮・・・・んん??
  その同じ敷地内には、謎の銅板三枚が発見されたという双永寺がある。
  な なんだって^−−−!バーーン!

  長者久保と赤城がここでつながるとは!!

  いやいや。今回の発掘場所と双永寺は、直線で約7.7km離れているぞ?
  神社の鳥居を奉納したことは事実だろうが、距離が違うのはなぜだ?

  三枚銅板を手掛かりに埋蔵金を探しているグループが地元にあった。
  彼らは、中国古来の兵法 奇門遁甲を埋蔵金の捜索に利用している。

  なんか雀荘みたいですな。

  奇門遁甲によれば、江戸から上州の地に埋蔵金を守るために山や城、神社仏閣など
 半永久的に動かない物を結ぶ結界と言われる線が存在する。
  その線を地図上に引けば、埋蔵金のありかがおのずと浮かび上がってくるという。

  イタタタタ・・・ここでレイラインか。
  埼玉県本庄市が出ている。これって群馬県地図っぽいな。
  これって20万分の1の地図じゃないのか?
  1cmずれれば2kmずれるわけだから、1mmずれれば200mずれるんだぞ。
  200mといっても半径200mだからね。
  この200mが近いと思うか遠いと思うかは個人の感覚だけど、ポケモンGOの自身のサーチの
 範囲の半径が50mだから半径が200mとなるととんでもなく遠い気がする。
  

  調査グループのリーダーは、なんと!フジテレビのなんだコレ!ミステリー!に登場した
 高橋喜久雄さんだった!
  若いなー。。30代といったところだろうか?

  双永寺の床下から見つかったとされる三枚の銅板の絵地図が、この地域の地形によく
 似ている。
  稲荷や社、石仏などが、数字や方位と一致していることが確認された。

  ということは、高橋さんは、場所が違う派なんだね。

  ということで、TBSが長者久保を掘ります。
  そのまさかで、フジテレビが掘った祠がある崖の下を掘り下げます。
 長者久保の発掘開始 part1

  地中レーダーで、強く反応が出た母屋の下を掘ります。
  掘るためには、母屋を取り壊さなければなりません。
  このシーンは、記憶に残っています。
  

  重機が母屋を取り壊すシーンで、祠が見えています。
  真下を掘ったわけです。

  慈雲法師登場w
  なんで登場するのか不思議でならないので、Wikipediaで調べてみた。

  青木 慈雲(あおき じうん、本名:青木理、1929年2月 - 1998年4月11日)は、僧侶、画家。
  大本山妙尊寺(三重県)、総本山龍覚寺・慈雲院(山梨県)、妙海寺(山口県)管主
  1958年(昭和33年)4月武蔵野美術大学油絵科卒業。
  1977年(昭和52年)宗教法人妙法山設立。

  1998年4月に死去・・・放送後4年。埋蔵金の呪いなのか。歳なのか。

  この祈祷は迫力があるし絵になるね。
 榛名山 般若坊を発掘開始

  般若坊の見取り図に宝と書かれていた場所をさがしてみると、榛名山の急斜面だった。

  結局出なかったんで、般若坊はここで割愛します。

 香港の風水師に会いに行く 根利

  糸井氏、香港の風水師の劉先生に会いに行く。
  江戸幕末、風水の知識を持つものが黄金を埋蔵する場所がどこなのかを探します。
  
  利根村の地図を持参して調べてもらっています。
 長者久保の発掘開始 part2
  
  あ〜あ・・・こんなに掘ちゃって


  黒土が出るたびに掘り下げちゃいます。
  黒土は腐葉土なので、雨水の流れに沿って流れ堆積してしまうそうです。

  あ〜あ・・・水脈にあたちゃった。
  地中レーダーの弱点は、水に反応してしまうことですね。


  かなり大きな地表の変化が現れた。
  ん〜大峯山麓の表面の地山に積もってできた黒土層だと思います。
  それに鉄分を多く含んだ赤土(火山灰)の層が覆いかぶさったのでしょう。
  なんだかんだで10m掘ってます。

  結局、今回の発掘では、物証すら何もでなく敗北。
  赤城のほうがワイン瓶や縄ばしごの針金等が出土しただけマシだったかもしれない。
  反省会の糸井氏の表情が険しい。

  高橋喜久雄氏も敗北(1回目)
  穴の横にある山の表面だけでも取り除きたいという高橋氏。
  その黒土の線をもう少し越し追いかけたいと言い出す高橋氏。
  研究結果によほどの自信があるのだろう。
  

  高橋氏は、斜面にある稲荷の周辺が気になり、掘りたいと言う。
  さらに高橋氏は、斜面から横穴があるはずだと主張。
  初めからそうすればいいのに・・・。

  作業は、稲荷がある高台の斜面に移った。
  祠の真横の斜面を掘る重機

  地形が変わるほど祠の上を掘る重機

  しかし、何も出なくて高橋氏敗北(2回目)

  2016年末、フジテレビでこの祠の下を八重野氏と掘っていますが、何も出なくて終了。
  高橋氏の3回目の敗北となります。

  しかし、長者久保に対する執念がものすごいですね。
  テレビでは伝えられない根拠が多くあるそうですが、もう祠から得るものは何もないはずです。
 そして最終候補 根利

  風水師の占った山に登ると、頂上に朽ち果てた金比羅様の社があった。

  金比羅様というと香川県の金刀比羅宮を思い出し、海上交通の神様だと思っていたら、
 祭神は大物主は蛇神であり水神または雷神としての性格を持ち、稲作豊穣、疫病除け、
 酒造り(醸造)などの神として篤い信仰を集めているそうだ。
  
  金毘羅船々(こんぴらふねふね) 追風(おいて)に帆かけて シュラシュシュシュ♪

  根利も中途半端なんで。この辺で割愛します。
 そして衝撃の発掘現場

  なんと!!!
  番組で、片品川にある丸山を掘っているじゃありませんか!

  フジテレビの昔の番組で、この丸山を掘ろうとしたら地主が許可してくれなくて掘れなかった
 というエピソードがあります。
  フジテレビが発掘を申し出たときは、水野家の敷地を掘っている最中でしたから、
 その後に地主が許可したということになりますね。

  この動画を見るまで、丸山は手つかずだとばっかり思っていましたが、
 まさか手が入っているとは!

  小山(丸山)の上には、おくし様と呼ばれる社がありました。

  言い伝えでは社の下が埋蔵場所とされており、70年ほど前(今から100年ほど前)に
 伝説をもとに村の人たちが周辺を発掘したともいわれている。

  おくし様って、なんの神様かわからないです。誰か教えて。

  おくし様の社の周囲に地中レーダーをあて、金属反応を調べています。
  深さ2mに強い!反応があった

  発掘作業は、地元の発掘調査団が調べています。
  が、高橋喜久雄さんの姿が見えませんので、別の調査団かもしれません。

  社の周りをガンガン掘っていますね。
  黒土ですね。

  でも、ここで番組が終了というか、動画のアップが終了。
  続きが見たいです!
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2012 by 165