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結城の埋蔵金伝説の舞台の一つが中久喜城です。栃木県小山市のJR水戸線に真っ二つにされた古城です。
結城城主結城晴朝がこの城に隠居したという記録があります。
豊臣秀吉が養子としていた徳川家康の次男・秀康に結城を継がせることにより、結城氏の財宝を狙われていると思い、密かに結城城か中久喜城か会之田城に隠したと伝わっています。
結城の埋蔵金は、かの大岡越前も探していることから、信憑性が高い埋蔵金となっています。
埋蔵した後に掘り起こすつもりであれば、何か目印が必要です。
埋めた本人が健康で存命中なら、簡単なものでも目印になりますが、歳を取ったり子々孫々へ託したりと考えると明確な目印が必要になると思います。
大正10年の古地図を見ると、本丸内に神社がありましたが、どんな神社だったかは深堀していません。
すでに神社はありません。どこかに移転したのでしょうか
神社跡を探索していると石段を発見したので登ってみると、倒木の向こうに石の祠がありました。
祠の横に手彫りのレリーフがあり、中久喜天神宮と彫られていました。
取り壊された神社名だったのでしょうか。
廃神社は取り壊され、祠として神社跡の横に残ったのでしょうか。
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